1991年、将来、ノーベル医学生理学賞を受賞するL.バックとR.アクセルによって、香りは暗がりから光の当たる場所へと突如、押し出されました。
2人の研究者は以前から予想されていた嗅覚のメカニズムをついに明らかにしたのです。この功績は「香りの知覚が脳を通じて心の理解へとつながる可能性」を予言しているともいえます。
受賞業績は「①嗅覚受容体遺伝子の発見と②嗅覚感覚の分子メカニズムの解明」でした。
ノーベル賞選考委員会は、両博士の受賞理由を「最も謎に包まれた人間の感覚」の理解を深めた点にあると説明しています。
わずか2人の科学者が独力で人間の五感の1つのメカニズムを解明したというのは、科学史上前例のない出来事でした。
業績①は、嗅覚受容体を作る遺伝子を特定したことです。嗅覚受容体とは香りの分子が鼻腔内で結合する部分のことです。視覚の遺伝子は3つしか存在しないのに対して約400もの嗅覚の遺伝子が発見されました。これは嗅覚のメカニズムの複雑さを物語っています。
業績②は1つの香りの分子が複数の嗅覚受容体に反応するため、約400種類の嗅覚受容体しか存在しないにも関わらず、約1万種類もの香りの判別をしていることを明らかにしたことです。
香りの分子と嗅覚受容体が結合したという情報は神経を伝って脳に届けられ、免疫系や神経系のような基本的な生体内反応にも影響を与えています。
五感の中でまったくといってもいいほど、これまで注目されてこなかった嗅覚が、一般に考えられているよりもはるかに複雑で私たちの意思や行動と深く関連していたといえるでしょう。
「心を理解したいなら、脳を理解する必要がある」と『神経哲学』では述べられています。
脳の一部である視床下部は自律神経系を司っています。この自律神経系には交感神経と副交感神経があり、それらがバランスをとりながら私たちの生命、そして心を常に守っています。
今日、自律神経系はメディカルアロマの世界で大きな関心の的となっています。なぜなら、自律神経の安定がトラウマ、PTSD、不安障害やうつなどと深く関わっている可能性があるからです。
メディカルアロマでは交感神経や副交感神経にそれぞれ作用しやすい精油を用います。そしてこの自律神経系に作用する精油を用いて脳を安定させることが心の理解につながると私たちは考えています。
つまり、嗅覚のメカニズム、自律神経、メディカルアロマの三位一体こそが、アロマの香りと心の橋渡しをすることができるのです。
アロマの代名詞であるラベンダーには酢酸リナリルという芳香分子が含まれています。
芳香分子は嗅覚で感じ取られ、脳を経由し自律神経系に作用し、私たちを深い眠りに導いてくれます。
このようなメカニズムが明らかにされて、すでに約30年が経過しました。心の扉を開ける鍵がアロマの香りであるという真実に私たちはようやくたどり着いたのです。